《定期借地》インタビュー
パークコート神楽坂
オーナー様

神社のことを深く理解し、
景観を損なわない土地活用を

神社としてあるべき姿をつくるために、
紳士的な対応と100パターンに及ぶご提案で
こだわりを生かした土地活用ができました。

都心に位置しながら、通りを一本入れば大正時代の花街の雰囲気を残す石畳の路地が残る神楽坂。その名の通り神楽坂と呼ばれる坂道に沿って、多彩なお店が軒を連ねています。近年はオシャレなカフェがいくつもオープンするなど、幅広い世代の方が訪れる人気の街です。

そんな神楽坂の一角に建っているのが、700年を超える歴史を誇る赤城神社。参道を進むと真新しい社殿がひときわ目を引き、その右手にはシックな外観のマンションが並びます。
こちらが「パークコート神楽坂」。三井不動産レジデンシャルが、2010年に建設したマンションです。土地の売却を伴わない定期借地権(約70年)の等価交換という神社運営上の課題をソリューションした手法と他に類を見ないマンションと神社共存する建築デザインが評価され、2011年にはグッドデザイン賞を受賞しました。今回は赤城神社の宮司である、風山栄雄(かぜやま ひでお)さんにお話を伺いました。

敷地内にマンションを建築しようと思ったきっかけは何ですか?

「現在マンションが建っている場所には、かつて幼稚園がありました。多い時には400~500人の園児が通う、新宿区内でも1~2を争う規模の園で、神社の運営面でも大きな支えになっていました。 しかし、少子化に伴って30人ほどにまで園児が減ってしまったんです。神社を支える存在だったはずの園を、神社が支えるような形になってしまって。そんな時に出会ったのが、定期借地権方式によるマンション経営でした。」

由緒ある神社の境内にマンションを建てていますが、抵抗はありませんでしたか?

「神社の歴史そのものは確かに古いですが、昔の建物は空襲の時にすべて焼けてしまって、残っていたのは手水鉢など石でできたものだけでした。社殿は昭和34年に建てた鉄筋コンクリート造のもので、建物としてはまだしっかりしていましたが、社務所だけを新しくしたり、参道だけがきれいになったり、そういうバランスの悪い境内にはしたくなかったんです。そこで、神社とマンションが一体となる開発の提案を受けました。これはおもしろいなと思いました。抵抗はまったくありませんでしたね。」

鳥居をくぐり境内に入っても、マンションがある違和感をまったく感じません。

「その点については、設計デザインの監修をされた隅研吾先生の功績が大きいと思います。もともと先生の甥御さん、姪御さんがうちの幼稚園に通われていたという縁もあり、神社のことを理解した上で、誰が見てもマンションが邪魔にならないプランを提案して下さいました。
三井不動産レジデンシャルさんからも、境内の施設配置は100パターンぐらい出して頂きました。社員のみなさんは押しなべて紳士的で、神社組織をよく勉強してくれており、提案にも信頼が持てました。
その中で私がこだわったのは、社殿の背後に広がる空。ちょうどこの場所は23区内で最も標高が高い場所のひとつとなっていて、背後は崖なんです。これだけ都心にありながら背後にビルが見えない神社は、そうないと思います。」

プロジェクトが完成して数年経っていますが、どんな成果が生まれていますか?

定期借地権の期間満了後にはマンションの敷地に植樹をし、“赤城の杜”を復活させる計画だそうです。今この時だけでなく、子や孫の代、そしてその先の地域の未来までも見据えたマンションのあり方が、ここにはありました。

「運営面が安定したことはもちろん大きな成果ですが、このプロジェクトで私がやりたかったことのひとつは地域貢献です。
今回、神楽殿を『蛍雪天神』として復活させました。神楽坂には人間国宝の方も含め、古典芸能の文化を継承する方々が今も多く住んでおられます。神楽殿は今、そうした方々の芸を多くの人々に、しかも地元で披露できる場所になっています。これは非常に意義のあることだと思います。
また、マンション1階のカフェにも多くの地元の方がいらして下さいます。かつて、神社の参道には決まってお茶屋さんがあり、参拝客の疲れを癒やしていました。そんなお茶屋の在り方そのままに、お参りして下さった方々にリラックスして頂けるスペースをご用意しています。月1回開催している“赤城マルシェ”にも、多くの方が集まってくれるようになってきました。
人が集まれば、そこには地域のコミュニティが生まれます。こうしたコミュニティにおける拠点としての役割を、もともと神社はもっていました。社殿は新しくなりましたが、神社としては本来あるべき姿に戻ってきている、それがとてもうれしいですね。」